阿湖姫が明日松丸の城に帰ると唯に挨拶に来ます。
阿湖姫は唯のために帰ることになるのに、恨み言ひとつ言わず、危ないところを助けてくれたこと、共に過ごしたことは楽しい思い出だと言い、唯に若君様とのご婚儀まことにお目出度うござりますると言います。
唯はつらそうです。
阿湖姫は屋敷戻る途中、成之と会います。
成之は阿湖姫が明日黒羽城を発つと聞いて、思うところがあって言葉をかけます。
阿湖姫は成之にそんなわかりきったことを言うために参られたかと泣きながら訴えます。
成之は悪気があったわけでなく、言葉が足りなかったと阿湖姫が去ってから悔やみます。
夜、唯は阿湖姫にとって黒羽城での最後の夜になるから、何か楽しいことができればと、阿湖姫の屋敷を訪れます。
唯は阿湖姫を見つけます。阿湖姫は泣いています。阿湖姫が悲しんでいるのは自分に原因があると思い、とにかく謝ります。
阿湖姫は唯が原因で泣いているのではなく、成之様がと言います。
唯は阿湖姫に成之に何か言われたの? と聞きます。
阿湖姫は何でもないと言います。
何かあったのは確かで、唯は、私が仕返ししてやる、と阿湖姫の代わりに成之をこらしめてやろうとします。
阿湖姫は、もうよい、仕返しなどやめてくれと言います。
阿湖姫にそう言われると唯はどうすることもできないと、阿湖姫を見つめています。
外から、
「…阿湖殿 そこにおられますか」
と、声がします。成之です。
いいところに来たと、唯は外に出ていこうとします。阿湖姫が袖をおさえて止めます。
成之は阿湖姫から返事がないので、
「口をきいてはくださらぬか よい このままわしの話をお聞きくだされ」
と、部屋の人の気配を阿湖姫だと思い話します。
言葉の足りなかった部分を補って、阿湖姫に先程どうしてあんなことを言ったのかと説明し、そして、妻として成之のもとへ来てほしいと言います。
阿湖姫と一緒に聞いていた唯は考えもしなかった成之の言葉に阿湖姫のまっ赤になった顔を見てびっくりしています。
阿湖姫は突然の求婚に、
「…………成之様 そ…それは 阿湖を憐れんでのお申し出にござりましょう?」
と尋ねます。
成之は、
「まさか 己を憐れんで生きて参ったわしじゃ 姫を憐れむなど思いもよらぬことじゃ では」
と言い、去ります。
足音が消えると、唯は止めていた息を吐き、阿湖姫に、
「どーするの?」
聞きます。
翌日、阿湖姫は黒羽城を出て松丸家に戻りませんでした。
成之は誰も信じられぬと唯に言っていたくらいだから、今まで他人に本音を語ったことなどなかったんだと思います。
なぜ羽木家に生まれたのか、疎んじられるくらいならこの世に生まれる必要などなかった、と自分の出生を僻んだこともあったと思います。生まれてきた理由を何度も何度も繰り返し自問自答したんだと思います。
若君と唯の無事を祈る阿湖姫を見て、唯を救うため単身で高山家に乗り込むのを見て、若君が高山に降るのを何としても止めようと、命がけで大手山から走ってきた唯を見て、自分も誰かに思われたいという気持ちが芽生えたのではないでしょうか。
成之を変えたのは誰だろう?
阿湖姫なのかな。唯を好む若君かな。大きな影響を与えたのは唯です。唯に影響を受けた人たちを通じて成之は変わったのだと思います。
この三人を見て、自分以外の誰かのために何か力添えをしたい、支えたい、支えられたいと思う気持ちになったのかもしれません。
そして、その人はできることなら、阿湖姫であればいいなと思うようになったのではないでしょうか。
唯が戦国時代にきて、一番変化があったのは成之だと思います。
成之にとって一番悔やまれることは、自分の本心を阿湖姫だけでなく唯に聞かれてしまったことです。この夜唯が一緒にいたことを知ったら、成之はどんな顔をするんだろう? 意外に恥ずかしそうに身を小さくしたら面白いです。
翌日、唯は若君に昨晩の出来事を報告に行きます。
唯は移動する時、ほっかむりをするようになったのは何故だろう?
歴史が変わっていることに、唯は大丈夫ですと言い、若君はすこし間を置いて、そうじゃの、と返します。
婚儀まであと五日です。
唯が気合を入れていると、天野のじいが通りかかります。
天野のじいは唯を見るなり、深く長いため息をつきます。若君の奥方として唯は想像していた女性とかけ離れているからです。
じいはおふくろ様に耳打ちします。
おふくろ様は唯を別室に連れていき、大事な話があると言います。
おふくろ様は唯に実の母御より閨房の心得について聞かされたことはあるかと聞きます。
唯は聞いたことはありませんと答えます。
ないのであれば、唯に心得を教えるのは自分の役目だと、おふくろ様は話をしようとします。
話をしようとするところに若君がやって来ます。
若君がおふくろ様と唯二人きりだったので、取り込み中であったかと聞くと、
「今から おふくろ様から ケイボーのこころえを聞くところなんです」
と唯は若君に元気よくこたえます。
若君は、うっ、間の悪いときにやって来てしまったという顔をします。
おふくろ様はうつむき、目を伏せ、
「どうしてこの子は…」
という表情をしています。
若君は唯に用があり外出することを言いに来たといいます。
どこへ? 何かあったんですか、と聞く唯に、若君は内容ははぐらかし、日暮れまでに戻ると言います。
「それより 唯はおふくろ殿の申されることをしかと聞いておけよ」
と言い、出かけます。
半日くらいすぎます。
おふくろ様の話に唯は赤面するばかりです。
話が終わり、フラフラ歩きながら、若君の屋敷に着きます。
門番に、毎日ご苦労じゃな、と言われ、唯は、若君の屋敷に来るのが日課になっていることに気がつきます。別れたとたんに会いたくなるととても幸せそうです。
バッタリと成之に会います。成之も若君に会いに来ていたようで不在らしく出てきたところを唯に会ったみたいです。
唯は成之から若君が出かけた理由を知ります。
若君は北山にいる野上衆と和平の盟約を結ぼうとしています。
唯は野上衆は危険な相手ではないのか? と成之に聞きます。
そうこうしている内に若君が戻ってきます。
若君はフラフラです。部屋に着くなりバタリと倒れます。
唯が心配して声をかけると、若君は酒を飲んで酔うたと言います。野上衆は酒好きで注がれた酒を飲み干さねば話が進まないのじゃと
言います。どうでしたか? と尋ねる成之に、
「首尾は上々」
とこたえ、野上衆との和睦も相成った、めでたいといいます。
若君は打てる手はすべて打ったはずじゃ、と満足した表情です。
先日、唯が歴史が変わっている、大丈夫と言ったことに、若君はすこし間を置いて、そうじゃの、と返したのは、もうひとつ成し遂げておかなくてはならない問題があるからなんだとここで分かりました。すこし間を置いたことが気になっていたからそういうことなんだと安心しました。
若君が唯によって現代にタイムスリップしたときに、現代の歴史書で知った戦国時代でこれから起こる出来事は羽木家が滅亡するという歴史だけです。このままだと羽木家は滅亡してしまう。そのことが若君の頭にはあったんだと思います。
歴史では羽木家は高山家とは対立したままでした。松丸家との縁組は叶いませんでした。野上衆とも対立したままでした。
羽木家がしなかったことを次々と実現させ、滅亡の歴史とは違う歩みをして、異なる勢力図、ことなる構図を作れば、滅亡を回避できるかもしれないと若君は考えたのだと思います。
「打つ手はずべて打ったはずじゃ」
若君の言葉には明るい未来への思いが込められています。
夜中、若君の元に火急の用にてお目通りを願いたいと、高山宗熊より使者がやって来ます。
使者は若君に宗熊の書状を読んで下さいといいます。
若君は書状に目を通します。
内容は、清洲より相賀一成という織田の武将が宗熊の父宗鶴の元にやってきて、高山家が羽木家を攻めるなら、織田の兵三万、鉄砲三千丁をもって加勢すると申し出てきて、宗鶴は申し出を受け入れ、高山家と羽木家との約定を破ることになります、というものです。
若君は成之を呼び、宗熊からの書状を読ませます。そして、自分はこれから小垣へ行く、成之にはお願いしたいことがあるとこれからのことを話し合います。
唯は何かの前触れを感じてなのか目を覚まします。
部屋を出ると、おふくろ様が唯の元にやって来ます。
おふくろ様は若君が急に来て、これから小垣へ行くことを伝えに来たと言います。
唯は異変を感じとり、寝間着のままで若君を追いかけます。
唯はサンダルでも草履でも足が速いです。吹雪に乗った若君に追いつきます。
唯は若君にどうして急に小垣に行くのかとたずねます。
若君は普段と変わらない表情で、たいしたことではないと言います。
唯は若君の表情が分かるようになってきたらしく、
「ごまかせると思ったら大間違いですから!」
「まーた 自分ひとりで何とかしようと思ってるんでしょ!」
と何か大変なことが起こっていることを察知しています。
若君はすべてを話します。自分の考えを唯に伝えます。そして、唯に黒羽城に残り、手助けをしてほしいと言います。
ぎゅっと唯を抱きしめた若君の表情は最後の別れのようにも見えます。
唯は若君の言う通り、黒羽城に戻ります。
唯はおふくろ様に事情を話します。朝食をとっていると、小平太がやって来ます。
小平太は若君の不在を知り、唯にどこに行ったのかを聞きます。
唯は知らないといいます。
小平太は若君が小垣に向かったことは知っていて、すぐ追いかけると言います。
おふくろ様が機転を利かせます。すると、小平太はしょっぱい顔で唯を見ます。
唯は小平太を簡単にごまかせたと思っています。
おふくろ様は唯が後で気がついたらどうなるやらと思っているようです。
唯は庭を歩いていると頭に枯れ葉が落ちてきて、見上げると、孫四郎が木に登って降りられなくなってベソをかいているの見つけます。すぐに降ろしてあげようと、自ら木に登ろうとすると、
「姉上 やめぬか!!」
と止められます。見てみると三之助です。立派な姿になっています。
唯はおふくろ様から、小平太の口利きで、手習いや剣術のためご城内に通うておると教えてもらいます。
「いつまでも 男子のように木登りなどする故 若君様に疎まれるのじゃ!!」
と三之助は唯に言います。
お城で、若君の不在の原因は、婚礼が嫌で逃げ出されたと人が話していると三之助は言います。
唯は小平太のしょっぱい顔を思い出し、あれは自分を憐れんでいたのかと、誤解されていることに気がつきます。
おふくろ様は唯に高山のことが伏せられているので、今は噂を否定しないほうがいいと助言します。
おふくろ様の言う通り、放っておいたら、あらゆるところからの噂が唯の耳に届いてきます。
唯はちょっと憂鬱になっていると、視線を感じます。見てみると、天野のおやじ様です。小平太以上に憐れみのまなざしで唯を見ています。
若君は小垣に向かっていると、小垣城から黒羽城に向かって走っている味方に出くわします。
小垣の使者は若君に、高山寝返り、川の浅瀬に土俵を敷き詰めて一気に攻め入ろうとしていると伝えます。
兵の数二、三万と聞き、若君は、高山が準備しているという川の浅瀬が見渡せる場所に移動します。
若君が見たのは絶望的な光景です。
唯は庭でじっと黙ってたき火をしています。
阿湖姫がやって来ます。
唯は阿湖姫の表情から噂を聞いて慰めに来たんでしょ、と言います。
阿湖姫はそんな話は聞いていない、疎まれているのは自分のほうだと、すこし前に起こったことを唯に話します。
成之が阿湖姫の元を訪れて、
「まことに勝手ながら 先夜わしが申したことは全てお忘れくだされ」
と、明日にでも松丸家のお父上の元に戻るよう言い、去っていったと言います。
阿湖姫は唯に成之が妻になってほしいといった夜からの心の変化を唯に話します。
阿湖姫の胸の内を聞いた唯は、そうではない、と阿湖姫のために一働きします。
唯は成之をつかまえ、本心を聞き出します。
阿湖姫は隠れて聞いています。
唯の言う通りだったと阿湖姫が嬉しそうにするかと思っていたのに、唯が阿湖姫の隠れている部屋に入ったら、阿湖姫は驚きと恥ずかしさで気絶しそうになっています。
唯は時代に合わないやり方で失敗してしまったと反省しています。
阿湖姫は成之の気持ちが分かり、どうするのでしょう。
夜、唯はおふくろ様に新しい情報が入ったと起こされます。
「旦那様と小平太殿がご登城された」
「高山軍が領内に攻め入った」
「敵はすでに小垣を抜けてここへ向かっておる」
ということを唯に知らせます。
唯は小垣城はどうなったの? とおふくろ様に聞きます。
おふくろ様はわかりませぬと言います。
唯は小垣に行こうとします。
天野のおやじ様が城から戻ります。おふくろ様に出陣となり、戦の準備を頼むと言います。
天野のおやじ様の話を聞いて唯は、小垣に行くに行けなくなります。
唯は若君が心配したとおりになってきたと思い、小垣城に向かうのをあきらめ、黒羽城に急ぎます。
城では成之が殿を必死にとめようとしています。
殿は成之の進言を聞き入れようとしません。敵を蹴散らし、小垣を取り戻すと譲りません。
殿は成之に城の留守居をまかせます。
唯が入ってやって来ます。殿の前に立ち、
「出陣はなりません!!」
と体を張ってとめようとします。
殿の後ろに控えている家臣に、唯は簡単に投げ飛ばされてしまいます。
黒羽城では出陣の準備が整います。
「殿!! しばらく!! なにとぞしばらくお待ち下さい!!」
若君と共に小垣に向かった久六が戻ってきて殿に若君の言葉をそのまま伝えます。最後に、
「若君は『自分の存念は許嫁の唯に申し置いてござれば 唯が申すことお聞き下され』と父上に申し上げよ」
と申されたと言います。
殿は唯を呼べと言います。
唯はすぐ近くに控えています。非常に怒っています。
殿の横に座り、殿と家臣に若君の言葉を伝えます。
殿はいくらか冷静さを取り戻し、出陣は取りやめ、まず敵の情勢を探らせ、城の守りを固め、城下に触れを出し、民、百姓に難を逃れるよう申しわせ、次々に命令を下します。
唯はなんとか出陣をやめることができた、最悪の事態は避けられたと安堵します。
唯は久六から声をかけられます。若君からもう一つ大事な命令を受けてきたと言います。届けてほしいものがあって、何があっても必ず命がけで渡すのじゃとことづかって来たと言います。
久六が懐から取り出したのは懐剣です。唯が池に投げたタイムスリップの起動スイッチの懐剣です。
若君はずっと懐剣を持っていたのです。
「許せ 頼む」
そう申せば唯には伝わろうと若君が言ったと久六は言います。
唯は久六に次の満月はいつかと聞きます。
久六はあと七日か八日で満月だと思うと言います。
唯は満月までの七日間に、戦を止めて、みんなの命を守って、若君に会う、これだけはやりぬかなくてはならないと決意します。
高山の使者が書状を持って来ます。
内容は、城を開け、領内より退却、あるいは、高山の軍門に降る、嫡子忠清を高山家に預け入れるというものです。
若君を人質として高山家に差し出せという文言は唯を戦うしかないと怒らせます。
しかし、その夜、城から見えるのは、四日前若君が見たものと同じ絶望的な光景です。
戦意が喪失していきます。
唯は尊が作ってくれた、まぼ兵くん、金のけむり玉、でんでん丸、起動スイッチ、この四つの道具でなんとかならないかと考えます。
唯は何かいいことを思いついたようです。羽木家の窮地を救えるのでしょうか?
続きます。
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