新川直司 四月は君の嘘 9巻
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ガラコンサートで演奏する曲目、クライスラー「愛の悲しみ」は有馬公生(ありまこうせい)にとって近づきたくない曲でした。
宮園かをり(みやぞのかをり)が「愛の悲しみ」を選んだのは、川に飛び込んで、ずぶ濡れになったとき、公生の自宅の練習部屋でレコードを見つけたからでした。
「愛の悲しみ」は公生の母が好きでよく弾いていた曲です。公生にとってはどうしたって母を思い出してしまう曲なのでした。
だから、公生はこの曲を演奏するのに躊躇してしまいます。
ガラコンサート当日。宮園かをりの演奏を楽しみにしている観客がたくさん来ていました。かをりの伴奏をする公生に期待する観客もいました。
公生もかをりとの演奏を楽しみしていました。しかし、会場にかをりの姿はありません。連絡もつきません。
かをりの居場所がわからないまま、公生たちの順番がやってきてしまいました。
舞台には公生一人が出てきました。ヴァイオリンの演奏会で公生一人がピアノで演奏します。
公生は初めて、「自分を見ろ」と意識した演奏をします。かをりのすごさを見せつけるためです。
怒りにまかせた、鍵盤をたたきつけるような音から始まります。集中し公生の耳にピアノの音が聴こえてこなくなると、自分の指が鍵盤をあまりにも強く、乱暴に弾いていることに気づきます。
母ならこの曲をどう弾いたかな、こんなだったかな? と不確かな記憶をたぐり、指先にそれを再現しようとします。
音が変わっていきます。
公生の中にある音を指に伝えると、公生の弾く音を聴くすべての人の心が変化していきます。
続きます。
コンクール。有馬公生(ありまこうせい)の演奏です。
演奏中、母との記憶がよみがえります。何かが変わるかもしれないと思い、コンクールの出場を決めたのに、母の思い出は変わろうとする公生を否定します。耐え切れなくなり、公生は演奏を途中でやめてしまいます。
演奏を途中でやめてしまい、うつむいている公生は、宮園かをり(みやぞのかをり)と舞台に立った光景を思い出します。あの時のかをりの途中であきらめることをゆるしてくれなかった後姿が、いま自分の目の前にいるような気がします。
公生はダメにしてしまったコンクールを捨て、たったひとりの、かをりのためにピアノを弾こうと決め、弾き直します。
弾き直した公生の音色は次第に感情を帯びていき、聴く人の心を揺さぶります。
公生のピアノは以前のような正確無比な演奏ではなく、聴く者の胸を打つ、そして誰かのことを思わずにはいられなくなるような音でした。
昔の公生のことを知る人たちにとっては驚きでした。
公生の演奏は私的で特定の一人の人に捧げた思いのようでした。
受け取った人は涙をこらえきれず、包まれるような優しさに陶酔します。
譜面に書かれた音符と指示を忠実に従う公生の姿はありません。
音に思いを乗せて、語るように、ささやくように紡いでいきます。
相座武士(あいざたけし)は公生のピアノに機械のような完璧さを求めていたので、公生の音を聴いて、武士がこれまで追求してきた自分の音に自信を失ってしまいます。
井川絵見(いがわえみ)は公生の音に季節を感じます。絵見にとっても公生の音は驚きだったに違いありません。公生が感情を音に込める演奏家ではなかったからです。
同じ演奏家でありながら公生に心奪われたピアニスト。新たな旅が始まります。
観客、審査員、公生の演奏を聴いたすべての人が、失格した公生の話でもちきりです。公生のピアノが感情を持ち始めました。
コンクールの会場には公生の母の友人で、公生をピアニストにしよう言った瀬戸紘子(せとひろこ)が公生の演奏を聴きにきていました。瀬戸紘子は日本屈指のピアニストです。公生とは二年ぶり、久しぶりの再会でした。紘子は公生の音をすぐに理解し、公生を冷やかします。公生は紘子にピアノを指導されることになりました。
公生の止まっていた時間がふたたび動き出します。
かをりの元に一通の招待状が送られてきました。ガラコンサートの招待状です。かをりと公生のコンビがもう一度見られます。
かをりはガラコンサートでクライスラーの愛の悲しみを演奏することを公生に伝えます。
続きます。
有馬公生(ありまこうせい)は毎報音楽コンクールに出場することになりました。公生とピアノ。2人きりの時間がまた始まります。
もう一度公生がピアノと向き合ってほしい。
そう思いつつも澤部椿(さわべつばき)は宮園かをり(みやぞのかをり)と公生を見ていると隔たりを感じてしまいます。演奏家どうししかわからない感覚にさみしさを感じ、ジレンマを抱えています。
そんな目でかをりを見ないで。椿は公生にこう言ってやりたいのにできません。公生の目が語る感情をわかりたくない。自分から離れていくさみしさを感じています。
かをりの横に立つ公生は、いつもと違って少し遠くに感じて、長い間一緒にいたことや、たくさんの思い出は簡単になくなってしまいそうに思えてきます。
渡もサッカーで活躍して何かから取り残されまいとしています。残念ながら、渡は結果を残せずくやしい思いのまま中学のサッカー生活が終わります。
曲の解釈。イメージするもの。どう弾きたいのか。公生はこれまで考えもしなかったことを考え始めます。まとまらないまま時間が迫ってきます。
そんな中、
「君の人生で ありったけの君で 真摯に弾けばいいんだよ」
かをりは言い、公生は音楽の力を信じてみようと思い始めます。
公生のピアノコンクール出場を心待ちにしている人たちが他にもいます。
公生を待っていた同じ演奏家がいます。相座武士(あいざたけし)と井川絵見(いがわえみ)です。
二人は公生を目標で、ライバルで常に意識しています。
相座武士は寸分狂いなく鳴らされる音を追い続けてきたピアニストです。井川絵見は幅広い表現力を持ったピアニストです。
2年ぶりにコンクールに出てきた公生がどんな演奏をするか。相座武士と井川絵見は意識せずにはいられません。
相座武士の演奏が始まります。
井川絵見は公生が自分のピアノに何の興味も示さないのが許せません。公生が反応する音を弾くのが彼女の目標だからです。
2年ぶりに再会した公生は以前と変わったところはないように見受けられました。
井川絵見が武士の演奏をモニタで聴いていたその後ろで公生が武士の演奏を聴いているのに気がついて、何かが変わりつつあるのを感じます。
続きます。
宮園かをり(みやぞのかをり)は有馬公生(ありまこうせい)にもう一度ピアノを弾いてほしくて、自分のコンクールに引っぱってきて、どうしても演奏家として舞台から見える光景を公生に感じさせたかっただろうなと思える2巻のお話でした。
澤部椿(さわべつばき)は公生がピアノを弾くことになってうれしそうです。
いよいよ公生が舞台に立ちます。
序盤はうまくいき、このまま無事に終えられるはずでした。かをりが刺激的な音を鳴らしだすと、取り残されまいと公生も応じます。練習不足のためか公生の思い通りに動いてはくれません。なんとか頑張る公生の視界に母の幻影が映ります。母から教わったことは繰り返し繰り返し楽譜を読み込んで、何度も何度も弾き込むこと。譜面の指示通り、作曲家の意図通り、完璧にすること。公生の頭に母がよぎると、とたんに公生に耳からピアノの音が消えてしまい、弾くことをやめてしまいました。
公生のピアノの音がとまるとかをりも演奏をやめてしまいました。
二人の目が合います。
「アゲイン」
かをりは公生にもう一度弾くことを要求します。
かをりのコンクールを自分がダメにしてしまった。公生はうつむいたままです。かをりの瞳の中に宿る決意を思い出します。かをりはどんな姿でヴァイオリンを演奏しているのか。かをりの姿を見て、もう一度弾く覚悟を決めます。
公生の音はバラバラなままです。集中、集中。公生は自分に言いきかせます。公生は記憶をたぐります。ふと母の言葉がよみがえります。音が聞こえないならイメージした音を指先から鍵盤に伝えるように弾こうとします。必死な覚悟が公生の音を変えます。
その音は強く主張しはじめ、ヴァイオリンの伴奏という音ではなくなり、主役のヴァイオリンに取って代わってしまおうとする音に変わっていきます。
公生の音の変化は、観客を、審査員を、かをりを驚かせます。
今度は公生のピアノにヴァイオリンでかをりが応えます。互いの個性のぶつかり合いに会場が観客がのみ込まれていきます。
かをりのヴァイオリン、公生のピアノはコンクールの音ではなく、観客を魅了する音へと変わっていきました。
観客は演奏の素晴らしさを拍手と歓声で讃え、会場は興奮したものとなりました。
かをりは演奏を一度中断してしまったため予選を通過できませんでした。
公生は責任を感じています。
公生はかをりが予選で落ちても自分を責めないのがこたえています。かをりは責めるどころか、
「ピアノは弾いてる?」
とたずね、公生が弾いてないことを知ると、どうしてなのか、そのことについてばかり聞いています。
公生は自分にはピアノしかないことがつらいと言います。しかし、かをりはピアノしかないことはいけないことかと問いかけます。
「二人で演奏したあの時感じた気持ちを忘れられるの?」
とピアノに向かうことをすすめます。
椿はかをりとは違う気持ちを抱いています。
公生がピアノに向かわなくていい理由を挙げようとしてもひとつも出てこなくて、ピアノに向かうことで思い出される苦い記憶が椿を不安にさせます。
演奏を終えると、かをりは舞台の袖で意識を失い倒れてしまいました。
かをりは病院に搬送され、入院してしまいます。
「また 倒れた」
また、とかをりは言いました。かをりは何か秘密を抱えています。
コンクールの予選を通過できなかった負い目もあり、公生はかをりを避けるようにしていました。しかし、公生とかをりの演奏を観た観客の歓声、うねりのような拍手。公生が忘れられるわけがありません。
「君は忘れられるの?」
かをりが公生に言った言葉です。
手ごたえ、観客の反応、自分の音楽が届いたと思えるあの瞬間に感じる興奮。
公生は自らの意志で踏み出し、ピアノコンクールに出場します。
続きます。
主人公の目の前に現れた女の子。すべてが自分とは正反対の女の子の影響で、主人公有馬公生(ありまこうせい)のモノトーンだった日常が色彩豊かに色づいた日々に変わっていく物語です。
主人公は有馬公生(ありまこうせい)という男の子。
スポーツができるわけでも、勉強ができるわけでもありません。唯一誇れることはピアノを演奏することです。神童といわれていました。
ところが、11歳の秋のピアノコンクールを最後にピアノの音だけが聴こえなくなり、以来、弾けなくなってしまいました。
澤部椿(さわべつばき)は公生の隣に住む幼馴染です。元気で活発な女の子です。公生が11歳の秋にピアノを弾かなくなってからずっと公生を気にかけています。公生にとってピアノは逃れたいものだけど、しがみつくのはピアノしかないということを幼いころからずっと見てきたからです。
椿は公生がピアノにもう一度向き合うか、ピアノと決別して心から楽しめる何かを見つけてほしいと願っています。でも椿はそういう心の内を公生に見せることはなく、幼い時からずっと続けてきた関係をずっと続けていました。
渡亮太(わたりりょうた)はスポーツ万能で、サッカー部のキャプテン。学校の人気者です。
三人はとても仲良しです。
公生にとって、椿、渡の目は輝いていて、その目に映るものはすべてがカラフルに見えていて、自分はすべてがモノトーンに見える、自分と二人は大きく違うと感じています。
ある日、椿がクラスの女の子から渡を紹介してほしいと頼まれます。椿と女の子、渡の3人だとうまくいったら椿ひとり居づらいし、数のバランスが悪いからと椿は公生に一緒に来てほしいと誘います。
その女の子はバイオリンを弾いていて、椿はもし会話がつまったとき、音楽という共通の話題があれば何とかなりそうだと考えたみたいです。
椿はもうピアノはやめたと暗い表情をする公生に複雑な気持ちになります。
公生の自宅には数々のトロフィーや賞状、公生に関する新聞の切り抜き、付箋が貼られた楽譜などが無造作に置かれています。
公生の母親はすでに亡くなっていて、公生は音楽教室を営んでいた母からピアノのレッスンを受けていました。
レッスンは一日の休みもなく、毎日何時間も行われました。叩かれ、怒鳴られることもあり、公生が泣いても許してはもらえませんでした。
公生は病気になった母が喜んでくれるなら、元気になってくれるならとピアノを引き続けました。いよいよヨーロッパのコンクールを視野にというところで公生の母親は亡くなってしまいました。
公生にとってピアノは嫌いなもの。でも、ピアノがないとからっぽで不細工な余韻しか残らないから、ピアノにしがみつくしかないものとなっています。
約束の日、時間より前に待ち合わせの公園に来たのは公生だけでした。
どこからかピアニカの音が聞こえてきて、その音をたどって歩いて行くと、ひとりの女の子が遊具の上に立ってピアニカを演奏していました。
女の子のピアニカの演奏を三人の小学生が楽しそうに聴いていました。
公生がその光景を眺めていると、ピアニカを演奏していた女の子が公生の視線に気づきます。
女の子は瞳に涙を浮かべて公生を見つめています。女の子は椿が渡に紹介するために待ち合わせていたクラスメイトの宮園かをり(みやぞのかをり)でした。
公園のすぐ近くにある藤和ホールでバイオリンのコンクールがあって、宮園かをりは演奏することになっていて、四人で急いで向かいます。
公生は会場に入ることに体のこわばりを感じています。椿が仕掛けたことで、公生をこの会場にどうしても連れて来たかったのでした。
ピアノを遠ざけようとしている公生に、
「やっぱりピアノはイヤな感じしかしない?」
と椿は問いかけます。
公生は応えません。
それでも公生は演奏には耳をしっかり集中し、自然と指が動いて音を頭の中で鳴らしています。椿はそんな公生を見て顔がほころびます。
宮園かをりの出番です。
会場の席に座るなり、一瞬で眠りに落ちていた渡はかをりが舞台に登場すると、マナーもわきまえず、大声と間の手でかをりに声援を送ります。
私の音楽 届くかな…
かをりは圧倒的な個性で課題曲ベートーヴェンのクロイツェルを演奏します。面白みのない退屈なコンクール会場の空気が一変します。
椿はコンクールなのに自分の解釈でしかも楽しそうに演奏するかをりを公生が見て、何か感じるところがあったと手応えのようなものを感じることができて、連れて来てよかったをいう表情を浮かべています。
三人の元に戻ってきたかをりは小さな子供に花を贈られます。
スタッフから結果が張り出されるからと言われるとかをりは、
「気にしないでください。そういうの私 興味ないですから」
かをりの言葉は公生にとって、トップ以外意味のない世界だと信じていたので、ドキッとするものでした。これまでの信念が覆される言葉でした。
公生は宮園かをりのことが気になります。
かをりが駆けよって行くのは公生ではなく渡です。公生にはかをりと渡の二人の姿は映画のワンシーンを切り取ったように見え、とてもお似合いだと感じます。
かをりは渡との会話の後、公生にヴァイオリンの演奏の感想を求めます。公生は正直にコンクールという場においての率直な自分の考えを言うつもりでいました。しかし、公生はかをりの緊張で小刻みに震える手に気づきます。かをりは懸命に平静を保とうとしていたのでした。かをりにとって、公生の感想を聞くのがコンクールの評価よりも緊張することだったのです。
かをりは公生ではなく渡を見ている。かをりにとって公生は渡の友人Aである。それでも公生はかをりに特別な気持ちを抱きます。公生はかをりが気になる存在であっても、渡の友人だという立場を超えることはない、かをりへの感情は絶対に実らないものだと自分に言いきかせます。
藤和ホールでのかをりの演奏は公生のこれまでの概念をくつがえすもので、何をしていてもその光景が公生の頭から離れることはありません。
母が教えてくれた演奏するということ。かをりがみせた音楽。公生はかをりの音楽に気持ちが傾く度、母の残したものが散っていくようで、いたたまれない気持ちになります。
かをりの演奏する音は母から教わったものが無駄なことのように思わせます。もう一度聴きたい。聴いてしまうと、かをりに引っ張られてしまうから聴きたくない。会いたい。会いたくない。公生の気持ちは交錯します。
公生はかをりの存在がますます気になり、モヤモヤした気持ちが大きくなります。公生の前に現れた宮園かをりは公生からすれば、
春の中にいる
そう感じる存在です。
放課後、帰ろうとする公生はかをりを見つけます。かをりは渡を待っていました。渡が忙しいことを知ると、かをりはずっと気になっていたというワッフルを食べに行きたいと公生を誘います。公生は渡の代わりにかをりにつきあわされることになります。
楽器を持たないかをりはどこからどう見ても普通の女の子でした。
公生は楽しい時間を過ごせました。
ワッフルがおいしいというお店にはピアノが置いてあります。子供たちがキラキラ星を弾いて遊んでいます。かをりは公生に子供たちに弾いてあげてと言います。公生は渋々ピアノを弾きます。
公生がピアノを弾き始めると、店内にいた誰もが、店員は動きを止め、客は会話が途切れ、ピアノに意識を奪われます。
かをりは公生のピアノを聴いて公生のピアノは人を幸せにすると確信します。
皆が公生のピアノの音色に浸っていて気持ちのいいところでピアノの音は突然止まってしまいます。公生の手が震えています。
店を出て、公園で公生はかをりに訊ねます。
「やっぱり君は僕を知ってるの」
かをりは公生を、演奏家としての公生をよく知っていました。ワッフルのお店で公生にピアノを演奏させたのはかをりがどうしても弾いて欲しかったからなのでした。
「君は私達の憧れだもの」
かをりは続けます。
「どうして やめちゃったの?」
公生は、
「ピアノの音が聴こえないんだ ありがちな話でしょ」
かをりにとって想像していない応えでした。そんな理由を聞いたら、普通なら慰めるとか、同情しそうなものなのに、かをりの反応は違っていました。
「甘ったれんな!! 弾けなくても弾け 悲しくてもボロボロでもどん底にいても弾かなきゃ ダメなの そうやって私達は生きてゆく人種なの」
力強く言うかをりに、
「うん 君はそうかもしれない」
と公生は悲しみを含んだ笑みをこぼしつつ言います。
何を思ったのか、かをりは自分のヴァイオリンの伴奏者を公生にやってもらうという突拍子もないことをこの場で決めてしまいます。
公生は驚きですぐに拒むことができませんでした。
次の日から、逃げる公正、追いかけるかをりという不思議な関係が始まります。
公生とかをりがドタバタしているのを椿が見かけ、事情を知ると、椿は目を輝かせてかをりに協力しようとします。椿がかをりに協力した理由を打ち明けるバスの場面では、椿が公生のことを本当に心配しているが伝わってきます。
藤和音楽コンクール予選当日。
公生は会場にいません。学校の屋上でひとり、サンドウィッチを食べていました。
息を切らして走ってきたかをりが公生を見つけます。
公生は吐き出すようにかをりに心情を打ち明けます。
公生はコンクールでひとりぼっちになるあの気持ちをまた繰り返すかもしれないと思うと怖くて仕方ないと漏らします
「私がいるじゃん」
かをりは言います。公生のすべてを知ったうえで、それでもなお公生に伴奏者として、私と舞台に立ってほしい、くじけそうになる私を支えてください、と泣きじゃくりながらかをりは公生にお願います。
聴いてくれた人が私を忘れないように、その人の心にずっと住めるように。
これがかをりのあるべき理由です。そうなるように公生に自分を支えてほしいとかをりは言います。
ここまでの気持ちを前に、演奏にここままでの覚悟を決めている人に支えてくれと言われて断ることなんてできません。公生の心が動きます。
「…やるよ 君の伴奏 どーなっても知らないからな」
急いで会場に向かいます。
続きます。