ガラコンサートで演奏する曲目、クライスラー「愛の悲しみ」は有馬公生(ありまこうせい)にとって近づきたくない曲でした。
宮園かをり(みやぞのかをり)が「愛の悲しみ」を選んだのは、川に飛び込んで、ずぶ濡れになったとき、公生の自宅の練習部屋でレコードを見つけたからでした。
「愛の悲しみ」は公生の母が好きでよく弾いていた曲です。公生にとってはどうしたって母を思い出してしまう曲なのでした。
だから、公生はこの曲を演奏するのに躊躇してしまいます。
ガラコンサート当日。宮園かをりの演奏を楽しみにしている観客がたくさん来ていました。かをりの伴奏をする公生に期待する観客もいました。
公生もかをりとの演奏を楽しみしていました。しかし、会場にかをりの姿はありません。連絡もつきません。
かをりの居場所がわからないまま、公生たちの順番がやってきてしまいました。
舞台には公生一人が出てきました。ヴァイオリンの演奏会で公生一人がピアノで演奏します。
公生は初めて、「自分を見ろ」と意識した演奏をします。かをりのすごさを見せつけるためです。
怒りにまかせた、鍵盤をたたきつけるような音から始まります。集中し公生の耳にピアノの音が聴こえてこなくなると、自分の指が鍵盤をあまりにも強く、乱暴に弾いていることに気づきます。
母ならこの曲をどう弾いたかな、こんなだったかな? と不確かな記憶をたぐり、指先にそれを再現しようとします。
音が変わっていきます。
公生の中にある音を指に伝えると、公生の弾く音を聴くすべての人の心が変化していきます。
続きます。
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