2023年5月18日木曜日

森本梢子 アシガール 16巻

最終巻です。

ずっと唯を追いかけたくなる作品でした。若君のため、家臣のため、我が子のため、たくさんの喜怒哀楽にぶつかりながら走り抜けてきました。楽しい作品です。

尊がいてこそ成り立つ物語でした。だからこそ尊が戦国の世に行って戻れなくなってしまう展開が面白くて仕方なかったです。




三之助は敵方を足止めするため作戦を練ります。地図で松相峠の登り口を示し、悪丸に敵の軍勢が坂を登りきったところで、まぼ兵を使用するよう言います。そうすれば、敵方が待ち伏せに遭ったと思い慌てるだろうと言います。

悪丸は、

「わかった」

と言います。

敵を慌てさせて時間を稼ごうという作戦です。もしも、敵がまぼ兵を突破して来たら、次はけむり玉を使うと言います。けむり玉は敵が大池の東の道に来た時使うと言います。

唯は、

「わかった」

と言います。悪丸の真似をしているのでしょうか。

唯は三之助の作戦に感心し、けむり玉を使う前にまぼ兵で敵は逃げていくよと言います。

三之助は、

「………………だといいのですが」

とそう簡単にはいかないだろうと考えているようです。


悪丸は三之助の指示通り、松相峠でまぼ兵を使用します。

敵兵は伏兵がいたと驚き、退却していきます。


唯は物見櫓からその様子を観察していて、敵が退いていくのを確認し、皆に伝えます。

旧御月家の家老佐久重盛は知らせを聞き、安堵したと言います。

天野信茂(じい)は気を抜くのはまだ早いとたしなめます。

一日目の夜を乗り切ります。



二日目の朝、物見に行った武士が戻ります。唯と小垣まで走った柿市惣左衛門です。

惣左衛門は、

「敵は黒羽城の相賀一成 兵の数はおよそ五千 破城槌に梯子など確かに城攻めの用意をしておりました」

と報告します。

唯は、相賀と聞き、

「私たちが羽木家って バレたんだっ… しつこく追って来たよ」

とじいに言います。

じいは相賀一成の心境を読み、

「これは信長への謀反」

だと判断します。

もう一人、武士がやって来て、

「敵の軍勢が戻って参りました! 再び松相峠を越え緑合へと進んでおります」

と報告が入ります。

唯は立ち上がり、

「私 ちょっくら敵を足止めしてくる その間に仕度をして城の守りを固めて」

とじいに言い、

「うむ 承知いたした」

と言います。

佐久は若君の奥方がどうやって? という思いです。


唯はけむり玉を背負い大池に向かいます。

敵が相賀だと知り、一度まぼ兵を見てるから慣れたんだと悔しそうです。

唯は大池で敵兵を充分に引きつけ、けむり玉を破裂させます。あたりは一気に霧に包まれます。

相賀勢は池にハマる兵士が出て、身動きが取れなくなります

唯は敵方の足止めに成功します。しかし、時間にして三、四時間。日暮れには相賀の軍が緑合城城下に来てしまうので、今晩どう切り抜けようかということで頭がいっぱいです。



若君は京の御所で官位を賜り、夜は信長の屋敷に招かれています。

若君と信長が話していると、

「無礼つかまつる! 御月様 緑合より急使にございまする緑合」

と小姓が使者を連れてきます。

使者は久蔵です。彼も唯と共に小垣に走った武士です。

殿は、

「おお 久蔵か いかがした」

と言うと久蔵は、

「緑合に五千の軍勢が進軍中!! 昨日午後には松相峠を越えて迫っております!」

と言います。

和やかだった雰囲気が一気に張りつめます。



けむり玉の効果が切れ、大池で足止めを食っていた相賀勢は隊列を整え、唯の予想よりも遅れて緑合に到着し、城を囲みます。

羽木家の武士は戦う気満々です。

しかし、唯はこの数で城を守ることはできないと考えています。



相賀一成は一気に攻めると強気の姿勢です。

家臣は使者を送るべきだと言い、相賀は思い止まります。


緑合城にやって来た使者は唯と天丸を人質に差し出せと要求します。

唯は怒ります。しかし、源三郎が最後の一人まで死力を尽くすと言うので唯は冷静になります。

佐久が息子の嫁と孫を連れてきます。相賀は唯と天丸の顔を見た事が無いので、むつと彦太郎を身代わりにすると言ってきます。

唯は断ります。若君が言ったことをそのまま拝借し、さも自分が考えたかのように言って断ります。

唯はこの先の歴史がどうなるかわかっているので、みんなを守るため、天丸と二人で相賀方に行くと言います。

源三郎はお供すると言います。渡瀬とつゆも言います。

唯はこの城で待っていて欲しいと言います。自分と天丸は助かることはわかっています。しかし、ここでお供の者を連れて行けば、その者がどうなるかわからないからです。

じいがやって来ます。じいはお供すると顔を真っ赤にして、駄目だと言うなら腹を切りますと覚悟を見せます。

唯はじいもどうなるかわからないので連れて行きたくありません。でも本当に腹を切りそうな勢いに負けて、じいは連れて行くことにします。



若君が戻ります。

源三郎は状況を説明します。

若君は今すぐ出陣し、黒羽城を攻めると言います。

源三郎は、

「奥方様は 『私と天丸は必ず無事に戻れるとわかってるから誰も来てはだめ』 とそう申されました」

と言います。

それを聞いた若君は少し冷静さを取り戻します。

「そう…申したか」

と言います。若君が自ら戦に出る理由と、唯がとった行動の理由が同じだから複雑な心境のようです。



相賀一成がどうしてこのような行動に出たのかが描かれます。

唯と天丸は相賀一成と会います。

用意したという部屋に行ってみると、見張りがいて四方を竹矢来で囲んだ牢屋のような所でした。



若君は黒羽城が望める場所に来ています。近くの寺で逗留しています。

緑合から使者がやって来ます。

相賀の使者がやって来て殿に供に信長を攻めないかと協力を求めてきて、殿は申し出を受けたと言います。

若君は殿の思惑がわかっているようです。


信長は緑合を攻めてきたのが相賀一成であると分かると、ただちに出陣し、城を全部焼き払うよう命令します。


夜、寺で身体を休めている若君に、源三郎が、

「黒羽城に軍勢が攻めて参りました!」

と知らせます。

織田の手勢が二千と少なく、何か策があるに違いないと、若君は城下へ急ぎます。


じいは唯を起こし、戦が始まるから身支度をせよと言います。


信長は火矢を黒羽城に放ちます。

火の手が上がり、城の中の人達は大混乱です。



若君は唯を助け出そうと城に入ろうとします。しかし、門が焼け落ちて通路が塞がれ中に入ることができません。一旦、織田陣の場所まで退きます。燃える黒羽城を見つめながら、唯と天丸の無事を祈ります。

信長が、

「生まれ育った父祖の城が燃え落つる様を見るは苦しかろうの」

若君に話しかけます。

「我等の素性存じておられましたか」

と若君は信長が羽木であることをやはり知っていたのだとわかります。

信長は黒羽城を良い城だと誉め、相賀の様な小心者も城の力が己の力だと錯覚し、謀反を企むのだと言います。そして、妻子が城の中にいることを知り犠牲にして火矢を放ったことに対してあやまる気はないと言います。



唯とじいは必死に竹矢来を抜こうとします。しかし素手ではびくともしません。

じいは唯の懐剣を手に取ります。鞘から抜くと懐剣は起動スイッチが動作しています。

唯は空を見上げます。満月です。このままでじいと天丸が現代に行ってしまいます。焦っている唯はふと思い直します。火の手が近づいてきてどうしようもない状況なので、起動スイッチが動くのは幸運なことだと気がつき、じいに、

「じい!! じい!! よく聞いて!! 説明してる暇がないけど今から大変なことが起こる!! とにかく落ち着いて対処してね びっくりすると思うけど大丈夫 むこうには尊がいるから 両親もいるし とにかく天丸を 天丸を…頼みます」

と言います。言い終わると、じいの姿は消えます。

じいの姿が消え、唯はひとり取り残されてしまいます。



現代で尊は起動スイッチの研究をしています。

起動スイッチの機能をノートにまとめています。

その日もメモに機能を追加しています。

「自然と燃料が蓄積されてる機能」

をメモに書いたので、唯が持っていた懐剣の起動スイッチが動いたのでした。



現代。

唯の両親は赤ちゃんの泣き声が聞こえて目を覚まします。

父が懐中電灯を持って庭に出ると、誰かにねじ伏せられてしまいます。

母は駆けつけてきた尊に警察を呼ぶよう言います。

尊は父を抑え込んでいる人物の顔を見ます。

「あなたはっ 天野の御爺様!!」

とじいが庭にいることにびっくりします。

じいは声をかけてきた人物が尊だとわかると安全な場所だと警戒を解きます。

尊は抑え込んでいるのは父親だと伝えると、じいは手をほどきます。

じいの背中に背負った赤ちゃんが泣き始めます。

母は赤ちゃんを見て、

「あのっ… 天野さま… ということはもしかしてその赤ちゃん 唯の… 唯と若君の赤ちゃん… じゃないの? 久永ちゃん!?」

と言います。


天丸はミルクを飲んで眠ります。

尊はじいに何があったのか訊きます。

じいの話によると唯は黒羽城の奥の座敷牢に閉じ込められていて、信長によって放たれた火矢で城は燃えていると言います。両親が唯の無事を聞くと、途中から記憶がなく唯がどこではぐれたかわからないと言います。

尊は唯がじいに何も説明せず、現代に送ったのだと理解します。



若君は城が燃えているのを見ています。

「いつまでそうして待つつもりじゃ 未練な男じゃ」

信長は若君にあの猛火の中逃げるのは無理だと言います。

若君は、

「唯は常の女子ではございませぬゆえ 必ず生きて戻ります」

と言います。

信長は、

「ほう 面白い ではわしもしばしここで見届けてやろう」

と言います。



現代の早川家。

天丸が来て十日で家の中の有り様ががらりと変わります。じいも生活に馴染んでいます。

尊はじいにここは四五〇年後の世なのだと説明します。じいは沈黙のあと、

「……左様か」

と言い、

「わからぬが わからぬでよい」

と、天丸が無事であればそれだけでいいと言います。

炎上中の黒羽城の座敷牢の中にいて逃げられずにいる唯を助けに行くのは尊です。



唯は煙で苦しそうです。庭にうずくまっています。座敷牢から音がします。見てみると黒い人影があります。敵なのか味方なのかわからず、咳き込んでいると、

「お姉ちゃん!! よかったー 生きてる」

と声が聞こえます。声で黒い人影が尊だとわかります。

「尊ぅ!? 尊ーーっっ 来てくれたのー!? だけど びびったよー そのかっこナニ!?」

尊は甲冑に似せた防火服を着ています。リュックから同じものを取りだし唯に渡します。

唯は呼吸ができるようになり持ち直します。

尊と唯は銀の火消し玉という発明品で火を消火し座敷牢を出ます。城の外に出ようと橋に向かいます。しかし橋は焼け落ちていて渡ることができません。

唯は抜け穴を思い出し、そこから城の外に出ます。



「若君ぃぃぃ!!」

唯の声がします。若君は声のする方を見ると唯が立っています。

唯は若君に抱きつきます。

「今度ばかりはもうダメかと思いましたー」

と言う唯を、少し離れたところで尊が見ています。尊は感動の場面なのに喜べません。若君と唯のそばに信長が立っていて、唯を凝視しているからです。

小平太と源三郎がやって来ます。

「おおっ 唯之助!!」

「奥方様 ご無事で!! して 和子様はっ …天丸様は!?」

唯は、

「大丈夫よ じいと一緒に安全な所に逃がしました」

若君が、

「安全な所?」

と訊きます。

「若君 心配ありません」

と尊が若君に声をかけます。

「天丸もじじ様も無事です 二人ともめちゃくちゃ元気ですよ」

若君は、

「…… では… なるほど 左様か」

と尊がいるので唯が言ったことを理解します。

信長は唯が生きて戻ったことに驚いています。唯に、

「これは信長の負けじゃ 褒美をやろう 望みのものを申してみよ」

と言います。

「…… あの… それじゃ 家を焼かれた城下の人たちを助けてあげてください」

と唯が望みを言うと、

「…なに? ふんっ それが望みか つまらぬ 馬引けい!!」

と信長は唯に背を向けます。火矢を放てと命じた本人なのに、家を焼かれた人たちを助けてと言われ、気分を害してしまいます。

唯は望みのものと言われたのに却下され、慌てて別のもの、金銀財宝をお願いします。

「たわけ もう遅いわ」

とそれも却下されてしまいます。

信長はさすがに大人げないと思ったのか、若君に、

「清永 おぬし 北山の野上衆とは懇意であったな 今は斎藤の動きに気が抜けぬゆえ 敵を増やしたくはない 野上元丞に信長の軍門に降るよう説けるか」

と言います。

「…は おそらく」

と応えると、

「よし なれば野上のことはぬしに任せよう 首尾よういけば黒羽城を与える ただし 黒羽城の再建はならぬ 唯之助 褒美じゃ」

と却下した代わりの褒美なのか、唯が黒羽城を望むだろうと考えていたのか、はわかりません。信長は黒羽城を若君に与えるつもりでいたのかもしれません。

この出来事で御月家は黒羽城と緑合合わせて二十万石の大名として幕末まで続いてくのでした。



緑合に戻った若君と唯は尊が持って来た現代で撮った動画を見ています。

天丸と楽しそうに過ごす両親、現代での生活を何の抵抗もなく楽しむじいの動画です。

若君と唯はそれを見て笑っています。

尊は若君に相賀一成はその後どうなったのかと尋ねます。

若君は自害したと言います。

それを聞いた唯は衝撃を受けます。


夜、唯はひとりで尊が撮った動画を見直しています。

若君が声をかけると、唯は、戦国の世があまりにも恐ろしすぎて、天丸は現代で育ってほしいかもと今の気持ちをもらします。子を思う親としての気持ちを知り、戦国の世で生きていくと話した時の両親の気持ちを考えると涙をこぼします。



翌日、若君と唯は殿に天丸とじいの無事を伝えます。

殿は唯を信頼しているので深くは追及しません。

若君は殿の心遣いに感謝します。

殿は天野信近に黒羽に行って領民を助けよと命じます。


唯は民の間で急に人気が上がります。

人質として黒羽城に入り、燃え上がる城から天丸を避難させ、自らも無傷で脱出したこと、信長を感服させ、黒羽城を取り戻したことが噂話しとして広がったためです。

尊は唯の評判をききつけ、ひとりだけ無表情です。

歴史の本当の立役者は、表には出てこないものなのかもしれないと思いました。


夜、若君は唯に、

「わしは明朝黒羽へ発つ」

と言います、どうしてと訊く唯に、

「民を放っておけぬ それに 満月には天丸が戻って来るしの」

と言います。

唯はハッとします。天丸とじいが戻って来るのは黒羽城だったと思い出したようです。若君のなんとも言えない間が面白いです。

唯は、

「私も行きます!!」

と言います。



若君が黒羽に戻ると領民は歓喜します。

唯は若君の行列を後ろの方から見ています。

満月の夜、じいと天丸が戻って来ます。天丸の反応が面白いです。


緑合。

尊が現代に戻る日。準備を整え研究室を出て夜空を見上げていると、尊が出てくるのを待っていたのか吉乃が声をかけます。

唯も尊も吉乃には感謝してもしきれません。



尊は現代に戻ります。

時空の歪みはさらに大きくなっていて、これ以上の行き来はかなり危険なことになると尊は考えます。

クリスマス。若君と唯がやって来ます。

二人でイルミネーションを見ながら、唯は若君に覚悟について話します。若君は、

「わしはまこと良き妻を娶とうた」

と抱きしめます。

次の満月、若君と唯は戦国の世に帰っていきます。

尊は二人が無事戻れたであろうと信じ、起動スイッチの研究に励みます。



時間は進み、15、6年後の戦国の世がすこし描かれます。

三之助(天野信尊)は26歳、孫四郎(天野信勝)は24歳になっています。

天丸(御月久永)は15歳になっています。容姿は清永(若君)に性格は唯に似ていて腕白な青年に成長しています。

天丸と三之助が現代に行くお話です。

城攻めを命じられ大将に任じられた久永は、なんとか手柄を立てたいと、全ての采配を任されている三之助の言うことをきかず、奇襲をかけようと供の者一人を連れて陣幕を出て行きます。

三之助は久永の行動は読めているので、すぐに救出に向かいます。

久永は敵に見つかってしまい、鉄砲で狙われます。放たれた弾は一発目は外れ、二発目は三之助が身を挺して久永を救います。三之助は肩に被弾し落馬します。

久永は勝手に行動して三之助を負傷させてしまったことを悔やみます。母から言われたことを思い出します。

「肌身離さず身に着けていなさい そしてもし万一追いつめられて逃げ場を失うようなことになったら これを抜いてみなさい 物は試しって言いでしょ」

と懐剣を抜いてみます。

久永は悔やんでも悔やみきれない表情のまま、三之助とともに姿が消えます。


久永の供の者と孫四郎が久永と怪我を負った三之助の最後にいた場所に行ってみると、久永と三之助は何事もなかったように、しかも小綺麗な姿で笑顔で立っています。

久永はさっきまでとは別人のように、供の者と孫四郎に頭を下げ、皆の命を守り抜く、学問もまじめにやると言い出します。

孫四郎と供の者は不思議そうに久永を見ます。

三之助は唯之助に似て単純でまっすぐな性格だと笑っています。




若君と唯がクリスマスに現代にやって来て以降、どちらも行き来していなかったように思えます。

久永と三之助が現代にやって来たとき、尊は三十代前半です。三之助は尊を見て、その逆もすぐに互いが分かったのでしょうか。久永と三之助は現代に行って、尊と両親(祖父母)に会って何と言われたのでしょうか。ひと月の間の様子が見たいです。

久永と三之助は、若君が見た現代の景色を見てどう思ったのだろう。久永が心を入れ替えるきっかけは誰の言葉だったのでしょう。三之助は尊から再び沢山の知識を頭に叩き込んで戦国の世に戻っていったんだろうな。

この出来事も歴史の必然だったのでしょうか。時間移動の物語を読んだり観たりするといつもこんなことを考えてしまいます。

終わりです。




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